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2018年7月16日(月)海の日に、東京・奥多摩でマインドフルネスのプチリトリートを開催します。


都会の喧騒をはなれて静かな時間の中で、豊かな自然に抱かれながらマインドフルネスの基本を学び合う、そんな場にしていきます。


JR青梅線の沢井駅から出発し、甘酒を楽しみつつ、渓流沿いを静かに歩いていきます。


会場に着くまでの間に、都会では味わえない自然の豊かさに出会います。それがちょっとした非日常の時間になるでしょうし、みなさんのマインドフル・モードを促進することになると思っています。


会場では、マインドフルネスの基本的作法を学び合いながら、参加者同士で自分を深め合うワークを行っていきます。


このBlogにも何度か書きましたが、マインドフルネスは継続していくことがとても大切です。種から植物を育てるとき、日々の水やりと丁寧な世話がやがて立派な花を咲かせるのと同様に、一人一人の中にあるマインドフルネスの種を大切に育てていくことが重要になってきます。そのような観点から、今回のリトリートもその日限りの学びとせず、日常に戻ってからも継続できるようフォローアップの機会を設けていきたいと思います。


この機会にマインドフルネスを体験したい、身につけてみたい、という方はもちろん、奥多摩で静かな時間を過ごしたい、リフレッシュしたいという方も、ぜひチェックしてみてください。


詳細とお申し込みはこくちーずのサイトよりご確認ください。 

4ステップ・マインドフルネスの第2回目を、6月23日(土)14:00-16:00に南大塚地域文化創造館(東京都豊島区)にて開催します。


今回のテーマは、「体の感覚を通して「今ここ」への注意力を高める」という内容です。 


第1回では集中瞑想を実習しましたが、今回はそれをさらに深め、体の感覚を手がかりに、今この瞬間に意識を向けるトレーニングを学んでいきます。


4ステップ・マインドフルネスは4回連続の瞑想会ですが、毎回、前回の振り返りをおこないながら進めていきますので、単発での参加も可能です。マインドフルネス初心者の方、未経験の方もどうぞお気軽にお越しください。


詳細のご確認とお申し込みは、以下のこくちーずのサイトよりお願いいたします。

マインドフルネスSIMTグループセッションを、2018年7月から東京都文京区にて開始することになりました。Mindful Ways Japan の企画です。


マインドフルネスSIMT(自己洞察瞑想療法)は、日本マインドフルネス精神療法協会の大田健次郎氏が、みずからのうつ病を坐禅により治した経験をもとに開発した、日本発のマインドフルネス心理療法です。


うつ病、不安症の改善がSIMTの主なターゲットになりますが、実績を重ねていく中で、PTSDやパニック症、過食症の改善にも効果があることがわかってきました。心の病を患っていなくても高ストレス状態におかれている方、対人関係の不和に悩んでおられる方にも有効です。


その分、かなり重厚で骨太な実践内容になっています。SIMTに取り組む方は、およそ10ヶ月間、途中で投げ出さずに最後までセッションをやり抜くという気持ちが必要になります。もちろん、そのような方のサポート役として私たちのようなマインドフルネス瞑想療法士がいるわけですが、心の柔軟性を高めて病を改善するのはあくまでもクライエントご本人です。「よくなりたい」「最後まで投げ出さずに真剣に取り組む」というご本人の意志が最終的にものを言います。


SIMTのプログラムの詳細についてここで述べることはできませんが、その実践の枠組みは次のように大きく4つに分けられます。


①生活習慣の改善

まずは生活習慣の改善です。メンタル不調にかかると、基本的な生活習慣も崩れてしまいがちです。うつ病になるとセロトニン神経や前頭前野が弱ってくるのですが、生活習慣の乱れはそれをますます助長してしまいます。SIMTではそのような生活を見直し、早起き・適度な食事・運動を生活の中に取り入れるようにします。これは瞑想のような心のトレーニングに取り組む以前の話で、その土台になるべきものです。


②呼吸法

SIMTでは、目を開けたまま、鼻から、素早く吸って細く長く息を吸う、という呼吸を行います。一般的なマインドフルネスでは呼吸はコントロールしないよう言われますが、SIMTでは吐く息を長くするようコントロールします。これが前頭前野を活性化するトレーニングになります。また、吐く息を長くすると副交感神経が活性化すると言われており、これによりからだの緊張がほぐれてリラックスしていきます。(息の長さをコントロールしない呼吸法もSIMTにはあります。)


③基本的自己洞察

呼吸法をしながら静かなところで自分の内側に注意を向け、よく洞察していきます。いわゆる「瞑想」はこの部分に該当します。感覚、身体反応、感情、思考などがどのように心の中で動いているのかをよく観察します。心の動きに巻き込まれず、より客観的に、いま・ここで起こっていることを俯瞰できるようになっていくでしょう。


④行動時自己洞察

これは③を実際の生活の場面で応用していくフェーズです。仕事や家事をしている時、人と会話をしている時、食べたり歩いたりしている時など、自分の内側で起こっていることを洞察していきます。たとえば自分の心が特定のパターンで動いていないかをよく観察します。もしそれが自他を傷つける不適切な行動を引き起こしているのであれば、そのパターンが発動した瞬間に気づき、ストップして、より建設的な行動を起こしていくようトレーニングしていきます。このレベルはもっとも難しいですが、心の病の改善のためには欠かせないとSIMTでは考えます。


以上がSIMTのプログラムの枠組みです。この中で、様々な心の使い方のトレー二ングメニューに取り組んでいくわけです。


このようなSIMTのグループセッションを7月から東京都内で開催します。関心を持たれた方は、事前説明会にお越しいただければと思います。もちろん事前説明会にお越しいただいたからといって、セッション参加を強くおすすめすることはありません。じっくりと内容をご検討いただいた上で、参加をお決めいただきたいと思います。


<事前説明会 日程>

  • 5月28日(月)18:30〜19:30
  • 6月2日(土)10:30〜11:30
  • 6月9日(土)13:30〜14:30

※内容はすべて同じです。ご都合のよい日にご参加ください。


<事前説明会 会場>

キャピタル株式会社 4階大会議室(東京都文京区)


<お申し込み方法>

【事前説明会】でご説明する内容にご納得いただけた方のみ、グループセッションへのお申込みを承ります。詳細ならびにお申し込みはこくちーず専用サイトをご確認ください。


<お問い合わせ先>

ご不明な点がございましたら、 事務局( mindfulways.japan@gmail.com )までお気軽にお問い合わせください。


週末は日本マインドフルネス精神療法研究第4回発表大会に参加してきました。年々参加者も増え、発表内容の厚みも増してきているという印象です。


とくに、マインドフルネスSIMTによってうつ病の苦しみから回復した方の体験談には大きく訴えかけられました。どんな理論よりも、説得力において実体験にまさるものはありません。支援者としても、そのような方からは本当に大きな勇気をもらえるものです。


私自身は神谷美恵子の『生きがいについて』をSIMTの視点から読み解くというテーマで発表しました。SIMTが「深い水準の自己のあり方」としている「叡智的自己」「人格的自己」が神谷の著作の中で様々な角度から触れられているという話です。医師の中安浩介さんも基調講演の中で深い水準の自己について詳細な考察をされていて、偶然にも内容が重なっていました。


マインドフルネスSIMTに関わる支援者の問題意識として、マインドフルネスは単なる技法ではなく「生き方」である、という点は共通していると思います。


つまり自分自身がまず実践すること。人格の全体をもってそれを生きること。そのようにしてようやく「叡智的自己」や「人格的自己」がどういうものであるかが少しずつ見えてきます。


■叡智的自己とは

「叡智的自己」は、生きがいを持って生きる人間の姿だというのが私の理解です。生きがい感を持つ人は、よろこびや幸福感、生存充実感を感じ、他人から押し付けられた価値観にしたがうのではなく、自分の内なる声に耳を傾けながら自分なりの価値体系を主体的に選択する自由を自分の中に持っています。「叡智的自己」は、このようにして選択された価値体系に基づいて、この世界の中で価値実現行動をよどみなく行なっていきます。


しかし「叡智的自己」は最も深い自己のありようではないとSIMTでは考えます。「叡智的自己」はまだ自己中心性を持っていて、自分が依って立つ価値体系に反するものに出会ったときに、それを否定したり傷つけたりする方向に進んでしまうことがあり、そこに争いが生まれます。


■人格的自己とは

それを超えていったところに「人格的自己」が現れます。「人格的自己」は自分自身の価値体系にも他者の価値体系にもとらわれることなく、それらを超えて包む立場に立っています。それが可能なのは、「人格的自己」が、生きとし生けるものはすべて「存在するという一点において平等である」ということを、知識としてではなく人格全体で感得しているためです。


神谷美恵子がハンセン病患者の療養施設で出会った人たちの中には、「人格的自己」を体現する人たちがいました。


彼女が出会ったのはどのような人たちであったでしょうか。世間の価値観や常識によって深く傷つけられた人たち。病を負ったというだけで居場所を奪われた人たち。そのような人たちは、もはやこれまで住んでいた世間や常識に支えを求めることはなくなるでしょう。


そのような人たちの中には、自分が生きているというのではなく、何か大いなるものによって「生かされている」という認識が突如として起こり、絶望からよみがえる経験をする人が少なからずいます。神谷は『生きがいについて』の中でこの経験を「変革体験」と呼び、それが以降、使命感と愛の源泉になると考察しています。このような人たちこそ、SIMTが「人格的自己」と呼ぶあり方を備えている人たちです。


しかし、これは特異な環境に身をおいている人にだけ起こることではありません。ほかの人と変わらない平凡な生活を送っているような人の中にも、それを知っている人はいると思います。謙虚さと、独特の落ち着きをもって。


マインドフルネスSIMTは、ここまでの水準の自己を視野に入れています。マインドフルネスが単なる技法ではなく「生き方」になってくるというのは、このようなことを背景にしているためであります。 

自己洞察瞑想療法(以下、SIMT)には、自分自身の「人生の価値・願い」を確認するセッションがあります。


うつ病など心の病のために何かをする意欲が低下してしまっている場合、SIMTでは、自分自身が望んでいることや願っていること、人生の中で実現したい価値を再確認します。そうすることで意欲が刺激され、不快な思考・感情が起こっても振り回されにくくなっていくのです。


もちろん健常な方であっても有効で、「人生の価値・願い」を振り返る機会を作ることは、自分の進むべき方向を再確認することになりますし、また無意識のうちに埋れていた意外な自分の思いに気づくきっかけとなるかもしれません。いわば自己自身と対話するようなもので、それまで気づかなかった視点を与えてくれることがあります。


さて、ここであえて問うてみたいのですが、私たちが「人生の価値・願い」だと思っている事柄は、本当に心から願っていることでしょうか?


ここにAさんとBさんという二人の人がいるとします。私たちは二人がそろって一本道を駆けていくのを少し離れたところから見ています。その一本道は、はるかかなたの山に続いています。二人は、同じようにその山を目指して駆けているように見えます。


しかし、ある一点において二人には大きな違いがあります。


Aさんは、はるか先に見える山に登って、何としても頂上から素晴らしい眺めを楽しみたいという思いで、山を目指して走っています。


一方のBさんは、恐ろしい猛獣が追いかけてくるので逃げなきゃという恐怖に駆られて、山に向かって走っているのです。


二人の動きを外から見ている限り、山に向かって同じように走っているように見えます。しかし、その動機づけにおいてはまったく異なっています。


このような話を持ち出したのは、同じことが「人生の価値・願い」を振り返る中でも起こる可能性があるからです。


たとえば、「この仕事を何としても成功させたい」と強く願っている人は、仕事の成功が自分の成長や周りの人の幸福につながるからそう願っているのか、それとも、仕事を成功しないと叱られるし恥をかくし、失敗したら自分はなんの価値もない人間になってしまうだろうという恐れに駆り立てられてそう願っているのか。この二つには大きな違いがあると言わざるをえません。


心の表面にあらわれている願いに目を向けるだけでなく、本音においてはどうなのかを洞察していくことが、人生の満足度にもきっと影響していくはずです。


SIMTでは、「人生の価値・願い」の確認は、繰り返し定期的に行うことが望ましいと考えられています。


その理由は、時間とともに価値・願い自体が変化するからですが、もう一つの理由は、マインドフルネスによる自己洞察力の深まりとともに、自分の本音により深く気づけるようになっていくからでもあります。


先ほどの例で言えば、「この仕事を何としても成功させたい」という願いは、自己洞察が深まるにつれて、その奥にひそむ「恐れに駆り立てられている自分」を見抜く目を私たちに授けることになっていくというわけです。


しかしこれは苦しい作業でもあります。見たくないものを見るのですから当然です。


マインドフルネススキルはそのための強力なサポートになります。あるがままに観察し、受け入れるトレーニング。日々丁寧に取り組んでいけば、いつの間にか大きな力に育っていくはずです。

Mindful Ways Japan で共同代表をつとめる笹倉が、5月から8月にかけて月1回ペースの瞑想会を企画しています。「4ステップ・マインドフルネス」と題して、4回でマインドフルネスの基礎を身につけるというコースです。


第1回は5月26日(土)14:00-16:00、『集中力・注意力を高める』というテーマで、東京都豊島区にて開催します。


マインドフルネスは初めてという方も、経験はあるけれどもなかなか継続するのが難しいという方も、この機会を活用いただければ嬉しく思います。


詳細とお申込みは次のサイトよりお願いいたします。

ある日の午後、一人の女性のところに電話がかかってきました。
「ハーイ! ぼく、C・Fだけど、今からお茶しない?」
「いいわよ」とその女性は答えました。
「OK。それじゃ、君のお気に入りのあの店じゃなくて、ぼくの好みのあっちのカフェに行こう。そして君は、コレステロールの高いいつものカフェラテじゃなくて、エスプレッソにしてくれよ。そして食べるものはブルーベリー・マフィン。ぼくと同じにね。君がよく食べてる、あのまずいペストリーはやめなよ。
 そして二人して隅っこの静かなテーブルに座ろうね。ぼくはそういう場所に座りたいんだ。君がいつも座るテラス席はイヤだよ。それから、ぼく好みの政治の話をしよう。君がいつもツイッターで書いてくるような話はダメ。そしてその店にいるのは一時間。五十分でも七〇分でもなくて、ぴったり六〇分。ぼくはそういうのが好きなんだ」


デートに誘われたものの、店、食べるもの、座る場所、話すテーマ、滞在時間まですべて決める人と一緒にいたらどんな気持ちになるでしょうか。


自分のことを大切にしてくれないと感じてきっと楽しくないでしょうし、デートの間も心ここにあらずの状態になるのではないでしょうか。


これはアーチャン・ブラーム『バナナを逆からむいてみたら』に出てくるたとえ話です。


瞑想する人が陥りやすいトラップとして、自分の心に向かって「これをしなさい」「こうすべき」と無理やりコントロールしてしまうことがあります。たとえばこんなふうに。


「私の言う通りにしてね。他のことを考えてはいけないよ。呼吸のことだけに意識を向けてね。ほらほら、また別のことを考えてる。ダメじゃないか、私の言う通りにしないと。それだから君はダメなんだ。何度言っても分からないのかな、まったく。きっちり10分。体を動かしてもいけないと約束したよね。まったく言うことを聞かないヤツだなあ。。」


そうするとさっきの彼女と同じように、心ここにあらずの状態になって、かえって雑念がどんどんと浮かんでくることでしょう。


ちなみにC・Fとは「コントロール・フリーク」のことで、病的に支配欲が強い人のことです。 


それに対して、


「ハーイ! ぼく、K・Fだけど、今日の午後お茶しない? 君はどこに行きたい? どんなものを飲んだり食べたりしたい? 君の好きなところに二人で座って、君の話したいことを好きなだけ話そうよ」 


と誘われたらどうでしょう。きっと二人はリラックスして楽しい時間を過ごすことになるはずです。 


なおK・Fとは「カインドフルネス・フリーク」のことで、他人と自分に対して好意的な人のことです。


瞑想でもこれと同じく、自分の心の声によく耳を傾け、自分に好意をもって寄り添ってあげることで、充実した時間を過ごすことができるはずです。


マインドフルネスでは、呼吸に集中することを教えられます。そして、少しでも集中すると何か一生懸命に取り組んだような感じが起こります。「オレはこれだけ頑張ったんだ」というような。


でも、その人が本当に自分の心の声を聞いているのかはわかりません。頑張っている自分に陶酔しているだけかもしれません。いずれにしても、心をコントロールしようとするのではなく、心の動きをよく聴いて、否定せず、受け止めてあげることがポイントです。 


よく、マインドフルネスや瞑想がうまくいかない、調子が悪くなるという話を聞きます。そんな時、無理やり自分の心をどうにかしようとして「コントロール・フリーク」になっていませんか、と自分に質問してみるとよいかもしれません。


■Mindful Ways Japan のご紹介

自己洞察瞑想療法(マインドフルネスSIMT)のセッションに関心をお持ちの方や体験してみたいという方は、ぜひ Mindful Ways Japan ホームページをご覧ください。 東京都内にて、個人・グループセッションや体験会を開催しています。

産業医の吉野聡さんは「職場のメンタルヘルス」を強化するの中で、現在、日本の企業はメンタルヘルス対策にコストをかけるようになっているにもかかわらず、職場でのメンタルヘルス不調者は減る兆しを見せていないと言っています。


その理由は、現在主流になっているメンタルヘルス対策のあり方にあると言います。


現在主流のメンタルヘルス対策のタイプを、吉野さんは事後配慮型と名付けています。これは、職場にメンタル不調者が発生した後に勤務時間や業務内容を見直して、できるだけ職場でのストレスを低減しようとするものです。経営陣にとってみれば、コストという意味合いが強く、営利性に反する要素もあるため、どうしても及び腰になってしまう、実効性に乏しくなります。


それに対して、今後は予防成長型の対策が必要であると言います。これは、メンタル不調の事案が発生する前に、ストレスに強く、ストレスを前向きに捉えられるような人材を育てる積極的な施策です。経営陣にとってはコストではなく人的投資という意味合いを持つようになり、企業の成長戦略の一環として取り組むことができるようになると考えられます。


簡単に言えば、「事後配慮型」がマイナスをゼロにしようとする対策であるのに対し、「予防成長型」はマイナスになる前にゼロをプラスに持っていこうとする対策であるということです。


私もこの主張には賛成ですが、それに加えて、「予防成長型」メンタルヘルス対策の中にマインドフルネスや自己洞察瞑想療法(以下、SIMT)の手法を組み入れることで効果を上げることができるのではないかと考えています。


それについて説明する前に、「予防成長型」対策が育てようとしているストレスに強い人材とはどのようなものかを見てみようと思います。



■ストレスに強い人材とは


吉野さんは、①適切な物事の捉え方(信念)を持っていること、②心身のコンディションが整っていること、③SOC(首尾一貫感覚)が高いこと、④論理と情緒のバランスが取れていることが、ストレスに強い人材を育てる上でのポイントになってくると書いています。


①適切な物事の捉え方(信念)を持っていること


私たちは、ある出来事が発生してその結果としてある反応が生じた場合、そこに1対1の対応があるものと考えがちです。たとえば「怒られて気分が沈んだ」といった場合、「怒られた」という出来事の結果として「気分が沈んだ」という反応が生じたと考えます。しかし、同じ出来事でも人によって反応の仕方は異なります。「怒られて奮発した」という人もいるのではないでしょうか。


なぜ反応の仕方が異なるのかというと、出来事の「捉え方(信念)」が人によって異なっているためです。「怒られて気分が沈んだ」人は、「怒られることは絶対に避けなければならない恥ずかしいことだ」という信念を持っています。一方、「怒られて奮発した」という人は、「怒られるということは期待されている証拠だ」という信念を持っているために、それぞれ異なった反応が起こったと考えられます。


したがって、物事の捉え方(信念)が偏っていてストレスを抱えがちだという場合はそれを修正するように上司が部下に働きかけることによって、ストレスに強い人材を育てられることになるはずだと吉野さんは述べています。


②心身のコンディションが整っていること


ストレスに強くなるには、疲労を蓄積させないことがポイントになります。


企業は社員を馬車馬のように働かせず、健康な心身を保てるような条件を整えるべきだということ、そして、社員もまた心身のコンディションを良好に保てるよう、だらだらと長時間勤務せず、リフレッシュの機会を作り、睡眠もきちんととって、生活習慣を乱さないよう心がける必要があります。いたって常識的なことだと思います。


 ③SOC(首尾一貫感覚)が高いこと


SOCとは、sense of coherence(首尾一貫感覚)と言われるもので、これが高い人はストレスの大きな出来事に遭遇しても心身の健康を害さずにいられると言われています。 SOCは「有意味感」「把握可能感」「処理可能感」の三つの因子からなっています。


有意味感とは、どんなにつらいことに対しても、何らかの意味を見出せる感覚のことです。たとえば、「一見つまらなそうなこの仕事でも、これが自分の土台になって将来面白い仕事ができるようになるはずだ」といったような、意味付けられる力です。


把握可能感とは、直面した困難な状況を、秩序だった明確な情報として受け止められる感覚です。つまり大変な状況にあっても、パニックにならず冷静に状況を把握し、適切な対応ができるような力のことです。


処理可能感とは、どんなにつらいことに対しても、「何とかなるはず」と思える楽観性の感覚のことを指します。


SOCを育てるための特効薬はないようですので、日頃から意識して生活を送ることでじっくりと自分で感覚を育んでいく、または上司がそのことを念頭において部下をじっくり育成するということが必要になってきます。


④論理と情緒のバランス


「論理と情緒のバランス」というのは、自分の中の論理性がうまく機能しなくなったとき、情緒性を活用して柔軟に対応できるかどうかということを言っています。


たとえば、「やればできる」「できないのは努力が足りないからだ」という確固とした論理性が自分の中にできあがってしまっている人は、いざ努力だけではどうにもならないような状況に立ち至ったとき、その論理から逃れられずストレスを抱え込み、柔軟な対応を取ることもできず事態を悪化させてしまいます。でも、そこで「そんなこともあるよね」と考えて、論理だけではうまくいかないのだと情緒によって笑い飛ばせる余裕ができれば、ストレスも減り、対応も変わっていくはずです。



■自己洞察瞑想療法(SIMT)の手法を役立てる


さて、以上見てきた4つの点に関して、SIMTの手法を役立てることができると私は考えています。


① まず、適切な物事の捉え方(信念)についてです。SIMTのマインドフルネストレーニングは、自分の思考パターンに気づき、そこから「離れて」「受け入れる」ことを繰り返し身につけようとします。この思考パターンというのが、上で述べた「物事の捉え方(信念)」に当たると考えてください。もし、偏った思考パターンが自分の中にあって、それが自分や他者を苦しめていることに気づいたのであれば、それを行動時に瞬時に洞察して、そこから離れて受け入れることをエクササイズしていきます。


② 心身のコンディションを整えることについては、SIMTの行動記録表が有効だと思います。行動記録表は、目標とする生活(起床、運動、食生活、マインドフルネスの実施時間・内容など)をあらかじめ計画しておいて、それがどのくらい実施できたかを1日の終わりに振り返り、記載していくシートです。私たちマインドフルネス瞑想療法士は、このシートに対するフィードバックを行っていきます。もちろん労働環境に問題があるのなら企業側の改善努力が必要ですが、社員自身ができる範囲で、SIMTの行動記録表を活用して生活習慣を改善し、心身のコンディションを整えることができると考えます。


③ SOC(首尾一貫感覚)について。まず第一の因子である「有意味感」は、SIMTでいう「価値・願い」に関わりのある因子だと言えます。「価値・願い」は、他者から強制されたのではない、自分の自由意志によって選びとられるものです。SIMTでは自分の内側から聞こえてくる声に耳を傾け、自分自身が望む人生の価値・願いをすくいとっていく。言いかえれば、自分の生きがいや生きる意味を見出していく作業です。そのようにして、目の前の仕事と、自分の生きがいとの結びつきが見えてくるようになれば、「有意味感」は向上していくと考えられます。


またマインドフルネストレーニングは、不安や焦りに気づき、そこから離れて受け入れる練習を繰り返しますが、これによっていたずらに感情に振り回されず、大変な状況でも冷静に対応できるようになっていきます。つまり、「把握可能感」を育てるのにも有効だと考えられます。


「処理可能感」についても、マインドフルネスによって「今ここ」に意識をとどめる練習を続けることで、余計な心配や後悔に振り回されなくなり、悲観的に考えてストレスをためがちな人は、結果として楽観的になっていくわけです。 


④ 論理と情緒のバランスについては、SIMTが「本音」と名付けている独断的な価値基準と向き合うトレーニングが有効と思います。「本音」とは、どのような人でも持っている物事をみる時のフィルターのようなもので、「〜すべきだ」とか「〜は好ましい/好ましくない」とかいうようなかたちで人の行動を規定し、場合によっては自他を傷つけることもある、独断的な価値評価のことです。


「できないのは努力が足りないからだ」というのも本音の一つで、その人が自分だけの経験に基づいて採用してきた独断的な価値基準にすぎず、客観性はありません。SIMTで自分の根深い「本音」に気づき、そこから距離を取ることができるようになれば、余裕も生まれ、情緒とのバランスも取りやすくなってくるはずです。



■おわりに


以上、職場でストレスに強い人材を育てるためにSIMTの手法が役に立つだろうことを説明してきました。


しかし、頭では理解していても、いざ実際にストレスに強い人材を職場の中で育てようとするのは難しいことだと思います。いくつかの理論を勉強しただけでは対応も散発的になってしまいますし、どのくらいの効果があったのかも見えにくくなります。


私は、ある程度体系だった実践を行うことが有効だと考えます。SIMTはそのような要求にマッチしています。ある程度時間はかかりますが、目標設定、行動記録、フィードバックを日々繰り返しながら、基本作法からじっくりと取り組んでいく。そして無理なく人が変化していく。着実に効果を上げるには、そのような長期的な視野が必要になってくると思うのです。

前回のブログ『本人のなかにある選択肢を活用する』では、対人支援や教育に携わる人が、クライエントや生徒の中に眠っている選択肢をうまく見つけ出し、それを活用することによって大きく成長させることができるということを書きました。 


逆に言えば、彼ら自身の選択肢とならなければ、成長のきっかけにはならないということです。


ということは、杓子定規に、教科書的な知識だったり伝統的に正しいと言われていることだったりを当てはめたからといって、相手の抱えている問題を解決することができるわけではないということです。


このことを強く感じたのは、私が自己洞察瞑想療法(以下、SIMT)のグループセッションをしていたときです。


SIMTでは、マインドフルな意識を「鏡」、「器」というようなイメージで表現します。


以前『「包んで映す」瞑想と、心の場所』で書いたように、SIMTの自己洞察トレーニングに「包んで映す」瞑想というのがあります。心を「鏡」のようにイメージして、心の中に現れては消え、現れては消える様々な現象を、ゆがめることなくありのままに映し出そうとします。と同時に、心を「器」のようにイメージして、どのような心の現象もすべて包み込み、そこに収めていこうとしていきます。


このようなイメージをSIMTのグループセッションで説明したとき、ある人はよくわかったと言い、ある人はわかりにくいと言いました。


わかりにくいと言った人は、「鏡」と聞くと、どうしても手鏡を思い出してしまって、化粧をするときに顔を映すシーンが頭をよぎってしまうとか。


そこで「鏡」のイメージを適切に伝え直しました。以前ブログで示したような、ボリビアにあるウユニ塩湖を示し、大空を映し出す巨大な鏡を想像してほしいと伝えました。


なんとなく伝わった感じでしたが、それでも「腑に落ちた」という感じではありませんでした。


瞑想の指導をしていて難しいと感じるのは、実践する人自身の瞑想スキルの水準に応じた的確な言葉を見つけること。そして、その言葉から受ける印象や連想が自分と相手とで異なっているために、予想外の伝わり方をしてしまうこと。最後に、私自身に心の状態を表現するための言葉やイメージがまだまだ不足していることです。


もちろん、瞑想スキルは各自で体得するものだと思います。ですので言葉だけで人をうまく導こうとするのには限界がありますが、でも、言葉やイメージは何かに気づくきっかけになります。受講される方にあった言葉を選択し、できる限り自分の表現の幅も広げていきたいものです。


「わざ言語」という言葉があります。これは古典芸能やスポーツの世界などで、指導者が、目指すべき方向を示すため、自分のイメージや感じを伝える言葉のことです。前回書いたスキージャンプでの「100メートルの10センチ先を見て飛ぶ」もそうですし、看護の世界で「皮膚の内側に入り込む」と言われるのもそれにあたります。このような表現を瞑想指導においてももっと適切に使えるようになりたいなあというのが私の思いです。


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4月20日のブログ『マインドフルネスとオートポイエーシス』では、システム理論の中で注目されている「オートポイエーシス」という現象について紹介しました。今回はその続きです。


オートポイエーシスとは、システム自身が、あらかじめ決められたプランに沿ってではなく創造的・即興的に自己自身を作り上げていくような、自己組織化のプロセスのことです。システムというのはたとえば、機械、有機体、組織、社会、人間の身体など、複数の要素から構成されてひとまとまりになっている関係性の全体のことです。


さて、オートポイエーシスが起こっている時、そこに当事者として関わっているのか、それとも外側から傍観者のように眺めるのかによって、経験されることが全く違ってくるということを河本英夫さんは指摘します。


河本さんは『<わたし>の哲学 オートポイエーシス入門』の中で、脳梗塞によって半身の感覚がなくなってしまった患者さんのリハビリの場面を例に出します。


患者さんは半身の感覚がないため、外見上はとても不自然な歩行をします。それを外側から見た人は、健常者の歩行に比べてどこが欠けていて、どこに改善が必要かをすぐに判別し、その点を改善しようと介入するかもしれません。しかし、と河本さんは言います。


たとえばその患者が右側に傾いて歩行していたとする。そのことは見た目にもすぐに分かる。そのため患者に「右に傾いているので、左側に重心を戻すようにした方が良い」という指示を出したとする。しかしその患者は、現状で精一杯実行できることを行っているだけであり、右側に身体を傾けて歩いているはずがない。現にある能力で全力でやっていることの成果が、その不自然な歩行である。これしかできないことの一歩先の努力が、こうした歩行である。その不自然さをかりに指摘されても、自分に起きていることではないのである。右側に傾いているという指摘は、知識としては理解できても、自分に起きていることだと感じることはできない。[...] かりにその指摘が言葉で理解できても、それに対応してどうすれば良いかが分からないのである。「分かる」ことと「できる」ことの間には、大きな隔たりがある。


外側から観察する人は、あれこれと改善点を指摘することはできます。しかし当事者としては、「言いたいことはわかる。でもどのようにしたらできるのかがわからない」のです。したがって患者さん本人にしてみれば、「右に傾いているので、左側に重心を戻すようにした方が良い」という指示は、改善への指示になっていないということではないでしょうか。


このようなことはリハビリの場面だけでなく、ほかの対人支援や教育、組織改革のような場面でも起こることだと思います。


上司が部下に対して「なぜこんな簡単なことができないんだ。根性が足りないのではないか」と怒る時。


教師が生徒に対して「この計算の仕方は何度も教えたはずだ。ちゃんと聞いていたのか。なぜ覚えられないのか」と嘆く時。


または、組織の風土を変えたいと思っている人が「この会社を良くするには、だれかがまず一歩踏み出すことが大事だ。皆だってわかっている。でもなぜそれができる人間がいないのか」と失望する時。


おそらく、同じような状況に陥ってしまっている可能性があります。


このような状況すべてに対する万能の処方箋はないと思いますが、河本さんは次のようなヒントを出しています。


それは、「本人やシステム自身のなかにある選択肢を活用する」という方法です。


スキージャンプ競技で何人ものオリンピックメダリストを育てた八木弘和コーチは、トップ選手の飛距離が出ない時、「踏み切りを少し早くしなさい」とは言わないそうです。飛び出すときに時速90キロになるような状況では、意識の中で少し早くしようと思ったところでまったく機能しないためです。つまり「踏み切りを少し早くしなさい」というのは選手自身にとっての選択肢になっていないのです。


ではどうするのかと言うと、「早く踏み切れ」という代わりに「100メートルの10センチ先を見るように」と指示するのだそうです。


これがいつも成功するわけではないようですが、いずれにしても、選手本人が持っている意外に思えるような別の選択肢を活用することで結果としてうまくいく、というところに持っていくことがポイントなのだと思います。


同じ指示でいつも成功するわけではないということは、こうすれば必ずよくなるという直線的な発想が無効だということでもあります。その理由は、個々の人やシステムが抱えている条件がそれぞれ異なっているためであり、効果的な支援の仕方はそれぞれ異なっているということなのだと思います。


おそらく名コーチとか優れた指導者と言われるような人は、どんな選択肢が人の中に眠っていて、それをどのように活用すればうまくいくのかを、パッと直観的に把握できる人なのではないでしょうか。そんな感想を持ちます。


この点は、マインドフルネスや自己洞察瞑想療法においても参考になる内容です。だいぶ長くなりましたので、この続きは次回のブログで。


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4月22日のブログ『「問題の外在化」とマインドフルネス』で、マインドフルネスや自己洞察瞑想療法(以下、SIMT)では、心の現象の名前付け(ラベリング)などの実践を深めていくことで、心の現象と自分自身との間にスペースができてくるということを書きました。 


このことを別の観点からもう少し説明してみようと思います。


たとえば、悩みを抱えている方がマインドフルネスの実践を深めていくとどうなるかというと、悩みが自分からだんだんと分離し、客観的に眺められるようになっていきます。そうなると、悩みに振り回される度合いが小さくなっていきます。


その悩みをさらに観察し続けていると、特定の思考、感情、身体感覚などがその悩みにともなって現れてくることも見えてきます。そこでさらにマインドフルネスを深めていくと、それらの現象も自分からだんだん分離していって、客観的に眺められるようになっていきます。そうして動揺させられることが少なくなっていくのです。


たとえば職場でいつも威圧感を感じてしまう苦手な人がいたとします。その人と一緒に仕事をしなければならないのが悩みのタネです。「できれば一緒に仕事をしたくないなあ」(思考)、「その人と話さなければならないことを考えると不安になる」(感情)、「その人が近づいてくると体が緊張し、胸に圧迫感を感じる」(身体感覚)といったように、その悩みには様々な心身の動きがともなうでしょう。「こんなことで悩むのは自分らしくないので考えないようにしよう」と無視したり否認したりしたとしても、それもやはりひとつの思考であり、心が動いています。


これらの心の動きを、ラベリングなどの手法を用いながら現在進行形で丹念に観察していくことで、そこから距離をとれるようになり、少しずつ、自分が離脱していく感じになってきます。


この感じを、感覚・思考・感情の「モノ化」と呼んでみたいと思います。


あたかも、感覚や思考や感情が、自分の外に視認できる「モノ」であるかのように感じられてくるのです。(「モノ化」という言い方はどこかの本で読んだ記憶があるのですが、あいにく忘れてしまいました。)


「モノ」であれば、自分とは別の存在なのだからそれに駆り立てられることもないし、ただ放っておけばよいだけです。「モノ」はこちらにはおかまいなしに近づいてきたり、遠ざかったり、形を変えたり、流れ去ったり、誘惑したりしてきますが、自分と「モノ」の間にスペースが作られていれば、それが緩衝地帯のような役目を果たし、こちらへの影響の度合いを小さくすることができます。


感覚・思考・感情を「モノ化」することで、これまで自分と一体化していた様々な心の動きが一つ、また一つと「モノ」になってはがれていき、ちょうどらっきょうの皮むきをするように、スルリ、スルリと落ちていきます。


悩んでいた時には、ネガティブな思考も感情も自分そのものだと思っていました。でも今は、そのような思考も感情も自分自身ではなく、ただの思考であり、ただの感情にすぎません。現れてはいつか消える現象であり、私自身はそれをただ映し出す「鏡」のような存在に近づいていきます。


このようにして、自分から余計なものが落ちていき、自己はどんどん小さくなっていきます。それを突き進めていった先には、、、一体何が待っているのでしょうか。


セルフケアやリラクセーションを目的とするマインドフルネスではそこまで突き詰めていくことはないと思いますが、SIMTではより深い自己の探求までをカバーしています。このことはまた稿を改めて書いてみたいと思います。


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家族療法やナラティブセラピーといった心理療法の中で、「問題の外在化」という手法が使われることがあります。


「問題の外在化」とは、クライエントが悩んでいる問題を、自分自身に内在する問題と考えるのではなく、問題を自分から切り離して自分の外部にあるものとしてとらえるという手法です。


たとえば不登校の子どもが、学校に行けないことで自分自身を責め、家族や教師からも「根性がない」という言い方で追い込まれてしまっている場合、いったんその問題を本人から切り離し、学校に行けないことを「なまけ虫」のせいにして、自分の外にいる「なまけ虫」を退治するという行動目標を定めることで不登校を改善していくというようなやり方を取ったりします。

参考『問題の外在化技法としての「虫退治技法」を取り入れた心理教育プログラム開発とその検討


こうすることで、子ども自身が問題を抱えこまずに済むようになります。子どもの「自分はダメなやつだ」という自己否定的な感情も緩和されますし、また、外からやってくる「なまけ虫」に対して周囲の人と協力して「なまけ虫をやっつけよう」と問題解決に向けた行動を起こすことができるようにもなっていくと考えるわけです。(『妖怪ウォッチ』で、日常のいろいろな問題を妖怪の仕業だというのと似ています。)


さて、私が感じたのは、マインドフルネスや自己洞察瞑想療法(以下、SIMT)に取り組む実践者も、その改善の過程で、「問題の外在化」で起こるのと似たような心の使い方をしているのではないだろうかということです。


これには説明が必要だと思います。


マインドフルネスやSIMTでは、心に起こる現象に現在進行形で名前を付けていくというトレーニングがあり、これを「ラベリング」と呼んでいます。


たとえば、瞑想をしていると周囲のいろいろな音が耳に入ってきます。その次々にやってくる音に現在進行形で寄り添い、「車の音」「風の音」「話し声」・・・というように、ラベルを貼るようにして名前をつけて行きます。感情、身体反応、思考でも同様です。「イライラ」「胸の苦しさ」「思考」というようにラベリングしていきます。自分が長く悩み続けている問題が浮かび上がってきた場合には、たとえば「悩みの種」というようにラベリングをします。


これを繰り返していくと、自分の心の動きが観察できるようになってきて、自分と心の現象の間に少しずつスペースやすき間ができるようになってきます。スペースができるということは、自分の心の中で起こる様々な現象を、少し距離をとって俯瞰できるようになるということでもあります。


ここがポイントです。


私が言いたかったのは、この点に「問題の外在化」と通じる心の使い方があるのではないかということです。


「問題の外在化」では、クライエントは悩んでいる問題を自分から切り離そうとします。同じようにマインドフルネスでも、自分自身と心の現象との間にスペースを作り、自分から切り離していこうとします。こうすることで、自己肯定感を損なわれることなく問題に「向き合う」ことができるようになっていくのです。


両者の違いは、問題を「なまけ虫」のように想像して自己の外部に置くか、それとも問題を自己自身から切り離しながらも自分の中に留めておくかというところにあると思います。


どちらがセラピーの手法として優れているかと問うことはあまり有意義ではないと思いますので、ここでは行いません。どちらにも限界もあれば、可能性もあります。手法や流派にこだわることなく、クライエントの傾向や状態に合わせてより適した手法を用いるということが大切なのだと考えます。